フェンダーというブランド名は、長年にわたり「クリーン・トーンの象徴」として君臨してきました。
Twin Reverbの煌めき、Bassmanのパンチ、Deluxe Reverbのサスティン。それらはすべて、歪みの手前、あるいは繊細なクランチの世界でした。しかし、2018年、フェンダーはペダル市場に本格参入し、そのラインナップに異彩を放つモデルを投入しました。それが「Full Moon Distortion」です。
その鮮やかな青色の筐体、月のクレーターを思わせる質感、そして何よりも、フェンダーのペダルとしては異例なほど極悪なハイゲインを出力する設計は、ギターコミュニティに衝撃を与えました。
なぜ、クリーン・トーンの王者は、これほどまでに破壊的な歪みを追求したのか？
その思惑とメカニズムを紐解いていきます。
使用レビュー：Full Moon＝最大の輝きと最大のパワーの中に潜む繊細さ
「Full Moon（満月）という名が示す通り、最大の輝きと最大のパワー、そして最大の引力を兼ね備えたFenderの意欲作」であるこのペダル。その圧倒的なゲインの中に宿る繊細さはフェンダーならでは！
特にシングルコイルとのマッチングが素晴らしい！ただし、タッチレスポンスがかなり繊細なので、他のハードディストーションのように粗さの誤魔化しは一切できないです（笑）このリアリストぶりがFenderって感じですね〜。
Fender初の本格ハイゲイン・ディストーション
「Fenderのペダル史上、初めて真正面からハイゲイン領域に挑んだ製品」として誕生したFull Moon Distortion。アンプメーカーとしての長年の知見と、現代のヘヴィミュージックシーンが求める要素を融合させた設計思想は、他社の追随を許しません。
Clean系ペダルやヴィンテージサウンドのイメージが強かったFenderブランドが、メタル・ハードコア・ポストメタルの世界へと踏み込んだ意義は計り知れません。これはプロダクト面だけでなく、マーケティング面においてもFenderの新たな章の始まりなのです。
明瞭さを失わない驚異的な高ゲイン
「重厚なディストーションでありながら、決して明瞭さを犠牲にしない」という、相反する要素の両立。これこそがFull Moon Distortionの最大の武器です。Gainをフルテンにしても、各音が潰れずにくっきりと分離する様は、まさに圧巻。
従来のハイゲインペダルでは「音量は大きいが輪郭が曖昧」という問題に悩まされることが多々ありました。しかしFull Moonは違います。ダウンチューニングでの7弦リフも、複雑なコード進行も、すべてが明確に聴こえるのです。
二つのクリッピングモードによる音色の多様性
「Textureスイッチにより、対称型（Symmetrical）と非対称型（Asymmetrical）のクリッピングを切り替え可能」という設計は、単なる機能の追加ではありません。これにより、アグレッシブなメタルトーンから、やや温かみのあるロックサウンドまで、幅広い音色パレットが手に入ります。
対称型クリッピングでは、偶数次倍音が強調され、より現代的でタイトなサウンドに。非対称型では、奇数次倍音が加わり、豊かで有機的な質感が得られます。この切り替え一つで、ペダルの性格が一変するのです。
Biteスイッチによる高域特性のコントロール
「上位中域とハーモニクスをシフトさせ、ピッキングアタックを際立たせる」Biteスイッチは、Full Moon Distortionの隠れた名機能です。ONにすることで、ミックスの中でギターが前に出てくる感覚を体験できます。
特にバンドアンサンブルの中では、このBiteスイッチの有無が決定的な差を生みます。ドラムやベースに埋もれがちなリフも、Biteをオンにすれば確実に存在感を放ちます。ライブでのソロ演奏時には、まさに「武器」となる機能でしょう。
独立したブーストスイッチの実用性
「最大12dBのポストゲインブーストを第二のフットスイッチで操作可能」という設計は、ライブパフォーマンスにおける実用性を極限まで高めています。リズムパートとソロパートで瞬時に音量を切り替えられる安心感は、ステージ上で計り知れない価値を持ちます。
ブーストは単なる音量アップではなく、倍音成分も豊かになり、サウンドそのものが太く、存在感を増します。ソロ時の「抜け」を求めるギタリストにとって、これほど頼もしい機能はありません。また、リズムギターのパワーコードに厚みを加えたい場合にも、このブースト機能が絶大な効果を発揮します。
特筆すべきは、Hi-Trebleコントロールの存在です。このノブにより、高域の質感を細かく調整できます。ブライトすぎるサウンドを抑えたい時も、逆にもっとギラつきが欲しい時も、このコントロール一つで対応可能。ハイゲインペダルにありがちな「耳に刺さる高域」を回避しながら、必要な明瞭さは確保できるという絶妙なバランスは、Fenderのアンプ作りで培われた技術の結晶と言えるでしょう。
Fender Full Moon Distortionの設計哲学
リーントーンとの親和性 — プラットフォームとしてのフェンダー
フェンダーアンプ、特にDeluxe ReverbやPrinceton Reverbのようなミッドレンジが控えめなアンプにFull Moonを接続すると、アンプ本来のクリーンなヘッドルームを活かしつつ、ペダルが生成するハイゲインプリアンプのサウンドキャラクターが前面に押し出されます。
これは、フェンダーが自社のアンプで最適に機能するように設計した証拠と言えるでしょう。
Fenderアンプの遺伝子：完全オリジナル回路への挑戦
ペダル市場には、既存回路のクローンやバリエーションが溢れています。しかしFull Moon Distortionは違います。「完全オリジナル設計の回路」を採用することで、Fenderは独自の音色領域を開拓しました。
長年アンプ製造で培ってきた周波数特性の知見、トーンスタック設計のノウハウ、そしてプロギタリストからのフィードバック。これらすべてを投入し、ペダルという限られた空間の中に、Fenderの魂を封じ込めたのです。
結果として生まれたFull Moon Distortionは、他のどのペダルとも異なる、唯一無二の個性を持つディストーションとなりました。これはFenderブランドの威信をかけた、真の「フラッグシップ・ディストーション」なのです。
詳細スペック＆ビジュアルインプレッション
基本仕様
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 製品名 | Fender Full Moon Distortion |
| タイプ | ハイゲイン・ディストーション |
| 電源 | 9VDC（センターマイナス）、9V電池 |
| 寸法 | 約137mm × 99mm × 74mm |
| 重量 | 約590g |
| 製造国 | 中国（Fender設計・監修） |
| 参考価格 | ¥18,000前後 |
デザイン哲学：機能美と視認性の極致
Full Moon Distortionの外観は、Fenderの新世代ペダルラインナップの象徴です。深いブルーのアノダイズド・アルミニウム筐体に映える、象徴的なFender Amp Jewel LED。これは単なる装飾ではなく、Fenderアンプへのオマージュであり、ブランドアイデンティティの表明なのです。
7つのノブは十分な間隔で配置され、操作時の誤タッチを防ぎます。さらに特筆すべきは、LED バックライト機能。暗いステージでもノブの位置が一目で確認できる、実用性を極めた設計です。このバックライトは背面スイッチでオン/オフ可能という配慮も嬉しいポイント。
フットスイッチは二つ。左がバイパス、右がブースト。この直感的な配置により、激しいパフォーマンス中でも確実な操作が可能です。
革新的なバッテリードア機構
Full Moon Distortionの隠れた名機能が、マグネット式バッテリードアです。「特許出願中」の機構は、従来のネジ式とは一線を画します。ワンタッチで開閉でき、ライブ前の急な電池交換も数秒で完了。この小さな工夫が、ステージ上での大きな安心感につながります。
音響分析：周波数特性から見る真の実力
低域：Bassコントロールによる土台の構築
Full Moon Distortionの低域処理は、ハイゲインペダルの常識を覆します。単に低音をブーストするのではなく、「必要な低域だけを残し、不要な超低域をカットする」という洗練されたアプローチを採用しています。
周波数解析結果：
- 60Hz以下：適度にロールオフ、不要なモコつきを排除
- 60-120Hz：Bassノブにより可変、リフの土台となる重さを調整
- 120-250Hz：中低域の芯、ボディ感を担う重要な帯域を確保
この処理により、7弦ギターやダウンチューニングでも、低域がモタつかず、明確な輪郭を保持できます。ベースとのすみ分けも容易で、バンドアンサンブル内での存在感を確実なものとします。
中域：フェンダーらしい、ふくよかなミッド
Full Moon Distortionの真価は、中域の扱いにあります。「ミドルレンジの倍音構成が音楽的であり、決して耳障りにならない」という絶妙なバランスは、長年のアンプ製造で培われたFenderの技術力の賜物です。
中域特性：
- 250Hz-500Hz：温かみと存在感、楽器の「声」を形成
- 500Hz-2kHz：ディストーションの核心、リフの力強さを生む帯域
- 2kHz-4kHz：Middleノブで調整可能、明瞭さとアタック感を司る
Middleノブの効き方は非常に音楽的で、ブーストしても耳に痛くならず、カットしても音が薄くなりません。この「ちょうど良い塩梅」こそが、Full Moon Distortionの最大の魅力なのです。
高域：Hi-TrebleとTrebleによる二段階コントロール
他のペダルとの決定的な違いが、この二つの高域コントロールです。TrebleとHi-Trebleを独立して調整できることで、「煌びやかさ」と「ギラつき」を別々に制御可能。
高域特性：
- 4kHz-8kHz：Trebleコントロール、基本的な高域バランスを設定
- 8kHz-16kHz：Hi-Trebleコントロール、超高域の空気感とピック音を調整
- 16kHz以上：自然にロールオフ、耳障りなノイズ成分を抑制
この二段階調整により、「明瞭だけどギラつかない」「存在感があるけど刺さらない」という理想的な高域特性を実現できます。レコーディングにおいても、EQでの後処理がほとんど不要なほど、完成されたトーンが得られるのです。
ジャンル別完全攻略セッティング集
モダンメタル：ダウンチューニング対応設定
Level: 1時
Gain: 2時半
Bass: 10時
Middle: 12時
Treble: 1時
Hi-Treble: 11時
Texture: 対称型
Bite: ON
推奨楽曲： Meshuggah「Bleed」、Periphery「Icarus Lives!」
この設定は、7弦ギターやB♭チューニングでの使用を想定しています。Bassを抑えることで低域のモタつきを防ぎ、Biteをオンにすることでリフの輪郭を明確化。Texture対称型により、タイトでモダンなアタック感が得られます。
ハードロック：80's〜90's クラシックスタイル
Level: 12時
Gain: 1時
Bass: 1時
Middle: 2時
Treble: 12時
Hi-Treble: 10時
Texture: 非対称型
Bite: OFF
推奨楽曲： Guns N' Roses「Welcome to the Jungle」、Soundgarden「Outshined」
80年代から90年代のハードロックサウンドを再現する設定。Middleを上げることで、ヴィンテージ的な太さと前への飛び出しを実現。Texture非対称型により、有機的で温かみのある歪みが得られます。
スラッシュメタル：高速リフ特化型
Level: 11時
Gain: 3時
Bass: 9時
Middle: 11時
Treble: 2時
Hi-Treble: 1時
Texture: 対称型
Bite: ON
推奨楽曲： Slayer「Raining Blood」、Testament「Into the Pit」
高速リフワークに特化した設定。低域を大胆にカットし、高域を強調することで、ピッキングの粒立ちを最大化。Gainをフルに近い状態でも、各音符が明確に聴き取れる驚異的なクラリティが得られます。
ポストメタル：重厚かつ空間的
Level: 2時
Gain: 2時
Bass: 2時
Middle: 10時
Treble: 11時
Hi-Treble: 12時
Texture: 対称型
Bite: OFF
推奨楽曲： Baroness「Shock Me」、Russian Circles「Harper Lewis」
低域を豊かにし、中域を抑えることで、重さと空間性を両立。ポストメタル特有の「壁のような音」を作り出しながらも、明瞭さは失いません。Biteをオフにすることで、よりスムーズで包み込むようなサウンドに。
パンク/ハードコア：アグレッシブ全開
Level: 1時
Gain: 10時
Bass: 11時
Middle: 3時
Treble: 2時
Hi-Treble: 1時半
Texture: 非対称型
Bite: ON
推奨楽曲： Converge「Dark Horse」、Refused「New Noise」
意外にもGainを抑え、MiddleとTrebleを強調することで、鋭く攻撃的なパンクトーンを実現。非対称型クリッピングにより、ヴィンテージアンプのような有機的な歪みを再現します。
プログレッシブメタル：ダイナミックレンジ重視
Level: 12時
Gain: 1時半
Bass: 11時
Middle: 1時
Treble: 1時
Hi-Treble: 11時
Texture: 対称型
Bite: 状況に応じて切替
推奨楽曲： Dream Theater「Pull Me Under」、Tool「Schism」
複雑な楽曲展開に対応できる、バランス重視のセッティング。ギターのボリュームノブへの反応も良好で、クリーン〜ディストーションまで幅広くカバー可能。曲中での音色変化に柔軟に対応できます。
プロフェッショナルからの証言
レコーディングエンジニア M氏の評価
「Full Moon Distortionを初めてレコーディングで使用した時、その周波数バランスの良さに驚嘆しました。通常、ハイゲインペダルはEQやコンプでの補正が必須ですが、このペダルは『そのまま録音』で完璧にリッチなトーンが得られます。
また、マイクプリとの相性も抜群。Neve系、API系、どちらのプリアンプと組み合わせても、音楽的で心地よいサウンドが得られました」
プロギタリスト（知人） K氏の体験
「Full Moonを導入してから、機材セットアップが劇的にシンプルになりました。以前は『このライブハウスのアンプは使えない』と諦めることが多かったのですが、今ではJC-120でも、小型コンボアンプでも、Full Moonがあれば自分のサウンドを作れます。
特にツアー中の強い味方です。会場ごとにレンタルアンプが変わる状況でも、Full Moonを踏めば『いつもの音』が出る安心感。これは金では買えない価値ですね。
ブースト機能も秀逸です。ソロの瞬間、フットスイッチ一つで音量とサスティーンが増す感覚は、まるで別のアンプに切り替えたかのよう。ステージ上での『武器』として、絶大な信頼を寄せています。しばらくメインの歪みをこれから変える気にはなれません。」
Fender Full Moon Distortion 主な使用アーティスト
| アーティスト名 | 主なジャンル |
| Troy Van Leeuwen | Queens of the Stone Age, A Perfect Circle |
| Liam Cormier | Cancer Bats (カナダのハードコア/メタル) |
| Jesse Lacey | Brand New (インディー/エモ) |
| James Johnston | Biffy Clyro (スコティッシュ・ロック) |
ライバル機との徹底比較分析
vs BOSS MT-2 Metal Zone：定番メタルペダルとの対決
| 項目 | Fender Full Moon Distortion | BOSS MT-2 Metal Zone |
|---|---|---|
| 価格 | ¥18,000前後 | ¥14,000前後 |
| EQ | 4バンド+Hi-Treble | 3バンド+周波数可変 |
| クリッピング | 2モード切替 | 固定 |
| ブースト | 独立フットスイッチ | なし |
| 音色傾向 | 明瞭・モダン | アグレッシブ・ミッドスクープ |
MT-2は価格面で優位性があり、独特のミッドスクープサウンドは唯一無二です。しかしFull Moonは、より現代的な明瞭さと、ステージでの実用性において一歩リードしています。
vs MXR EVH5150 Overdrive：アンプ系ペダルとの比較
| 項目 | Fender Full Moon Distortion | MXR EVH5150 Overdrive |
|---|---|---|
| サウンド起源 | オリジナル設計 | EVH 5150アンプ再現 |
| ゲイン量 | 極めて高い | 非常に高い |
| EQ柔軟性 | 極めて高い | 高い |
| 価格 | ¥18,000 | ¥30,000〜40,000前後 |
5150 Overdriveは特定のアンプサウンド（EVH 5150）の再現に特化していますが、Full Moonはより汎用的。どんなアンプとも相性が良い柔軟性が魅力です。
vs Revv G3：ブティック系との真剣勝負
| 項目 | Fender Full Moon Distortion | Revv G3 |
|---|---|---|
| ゲイン量 | 非常に高い | 極限レベル |
| 操作性 | 7ノブ+2スイッチ | 5ノブ |
| 音色傾向 | バランス型 | 超ハイゲイン特化 |
| 価格 | ¥18,000 | ¥45,000前後 |
Revv G3はゲイン量において王者ですが、価格も高額。Full Moonは、「日常的に使えるハイゲイン」として、より現実的な選択肢となります。
まとめ：Full Moonが闇を照らす力を堪能しよう
Full Moon Distortionは、フェンダーが持つ「サウンドを根源から形成する」というアンプ設計の哲学を、ペダルの世界に持ち込んだ、非常に意欲的で、深く、そして極めて多機能な歪みペダルです。
その音は、クリーン・トーンの象徴であるフェンダーのルーツを知りながらも、現代のギターサウンドの暗黒面をも恐れず、むしろそれを最大限に照らし出そうとする、挑戦的な満月の輝きを放っているのです。このペダルを深く掘り下げ、すべてのスイッチとノブの組み合わせを試す旅は、間違いなく、プレイヤー自身の音作りに対する哲学を深める、創造的な体験となるでしょう！