
空間を揺らめかせ、渦を巻いてグルーヴを支配する「ちょうど良いエグみ」。
1974年の誕生以来、MXR PHASE 90(M101)は半世紀にわたってギタリストの創造性を刺激し続けてきたフェイザーペダル界のスタンダード。
その、どこか宇宙的で催眠的な音の波―独特の「うねり」と「奥行き」を与え、立体的な音像を生み出すことでエレキギターという楽器に新しい可能性を示した「モジュレーション革命」でした。
本稿では、MXR Phase 90がなぜ「時代に左右されない」普遍的な魅力を持ち、「温故知新」の精神で新たな創造性を刺激するのか、そしてそのサウンドが持つ「ちょうど良いエグみ」とは一体何なのか、その魅力を多角的に掘り下げていきます。
使用レビュー:時代に左右されない普遍的なフェイズサウンド
50年の歴史が証明する音色の完成度
「Phase 90は1974年の登場以来、基本設計を変えることなく愛され続けている」という事実が、その完成度を物語っています。エディ・ヴァン・ヘイレン、デイヴィッド・ギルモア、アレックス・ライフソンといった伝説的ギタリストが、長年にわたって愛用し続けてきた理由は、その音色のクラシカルで普遍的な美しさにあります。
この流行に左右されない普遍性こそが、Phase 90最大の魅力なのです。
シンプルイズベスト:究極の1ノブ操作
「スピードコントロールのみの1ノブ仕様」という潔いまでのシンプルさ。これは決して手抜きではなく、50年間の研究開発によって到達した「究極の完成形」です。余計な機能は一切排除し、フェイザーの本質的な魅力のみを追求したミニマルデザイン。
ライブ中の瞬時の音色変化にも対応できる直感的な操作性は、他の多機能フェイザーでは決して得られない特別な価値です。
アナログ回路がもたらす動物的な音の波
「4段階のオールパス・フィルターを使用したピュアアナログ設計」により生み出される、デジタルでは再現不可能な温かみのある音色変化。音の波が生命を持ったかのように野性的にうねり、演奏者の感情と一体化します。
アナログ特有の「揺らぎ」や「温度感」は、音楽に深みと表情を与える重要な要素。これこそがPhase 90が半世紀愛される理由の核心です。
驚異的な汎用性:意外にも?ジャンルを選ばない適応力
「ロックからジャズ、ファンクからアンビエント」まで、あらゆる音楽ジャンルに対応する懐の深さ。高速設定では宇宙的なサイケデリックサウンド、低速設定では上品なヴィブラートニュアンスを演出。
一台で無限の表現可能性を秘めた、まさに「万能調味料」といえる存在です。
Phase 90の音響哲学:フェイザーエフェクトの科学と味付け
サウンドに宿る「ちょうど良いエグみ」
フェイザーエフェクトの原理は、元信号と位相をずらした信号を混合することで生まれる「櫛形フィルター特性」にありますが、Phase 90のサウンドを特徴づける上で、最も重要なのが、そのフェイズ具合による「ちょうど良いエグみ」です。
これは、単に「ずれ幅」や「癖」の問題ではなく、サウンドに個性とキャラクターを与える、MXRというブランドならではの絶妙な味付けの巧妙さによるものです。
甘く、粘りのある揺らぎ
その揺らぎは、滑らかでありながら、どこか荒々しさも感じさせる独特の質感を持っています。この「エグみ」が、サウンドに人間的な温度感と感情的な深みを与え、プレイヤーのエモーションをより豊かに表現します。
4段オールパス・フィルターの奇跡
Phase 90の心臓部である4段オールパス・フィルター回路は、音楽的に最も美しいフェイザー効果を生み出すために最適化された設計です。2段では物足りず、6段では複雑すぎる―4段こそが音楽表現において最適なバランスを実現します。
各フィルター段が生み出す位相変化が絶妙に重なり合い、まるで音が3次元空間を泳ぎ回るような立体的な効果を創造するのです。
詳細スペック&ビジュアルインプレッション
基本仕様
項目 | 詳細 |
---|---|
製品名 | MXR Phase 90 (M101) |
タイプ | フェイザー |
電源 | 9VDC(センターマイナス)/ 単3電池×1 |
消費電流 | 約8mA |
入力インピーダンス | 1MΩ |
出力インピーダンス | 10kΩ |
寸法 | 約111mm × 59mm × 48mm |
重量 | 約200g |
製造国 | アメリカ |
参考価格 | ¥15,000前後 |
デザイン哲学:機能美とアイコニックデザインの融合
Phase 90の外観は、まさに「永遠のスタンダード」を体現しています。鮮やかなオレンジの筐体は、1970年代のサイケデリック文化を象徴する色彩選択。この大胆な色使いは、単なるデザイン的インパクトではなく、「音楽的冒険心」を視覚的に表現したMXRの哲学の表れです。※ボードの中でもとにかく目立ちます(笑)
中央に配置された大きなスピードコントロールノブは、暗いステージでも確実に操作可能。フットスイッチの踏み心地は絶妙で、確実なON/OFF操作を保証します。長年の使用でも色褪せない耐UV塗装は、見た目の美しさと実用性を両立した優秀な仕上げです。
音響分析:周波数特性から見る音楽的魔法
低域:温かみを保つ巧妙な設計
Phase 90の低域処理は、音の厚みと温かみを損なわない絶妙なバランスを実現しています。フェイザーエフェクトでありがちな「痩せた音」にならず、楽器本来の存在感を保持。
周波数解析結果:
- 80Hz以下:自然な通過特性、ベース成分を保持
- 80-200Hz:適度な変調、厚みのある低音部を演出
- 200-500Hz:フェイザー効果の要、温かみのある中低域変調
中域:音楽表現の核心部分
Phase 90の真骨頂は、この中域でのフェイザー効果にあります。フィルター効果を超えた「音楽的表現」を実現する秘密は、中域倍音の巧妙な制御にあります。
中域特性:
- 500Hz-1.5kHz:豊かな基音域、楽器の個性を保持
- 1.5kHz-4kHz:クラシカルなファットさが生まれる
- 4kHz-8kHz:アタック感とクリアさ、演奏ニュアンスを強化
高域:煌めきと透明感のバランス
過度なハイファイ感を避けた音楽的な高域処理により、重心が低めの聴感になるような高域設定ですね。これによって、トータルでは上の方ではなく、真正面側に「宝石」のような煌めきを演出します。
ジャンル別完全攻略セッティング集
プログレッシブロック:70's サイケデリックトーン
Speed: 10時
推奨楽曲:Pink Floyd「Shine On You Crazy Diamond」、Rush「Tom Sawyer」
この設定では、プログレッシブロックの幻想的で広大な音響空間を演出します。ゆったりとした音の波が、楽曲に深い奥行きと神秘性を与えます。David Gilmourの宇宙的なギターソロや、Alex Lifeson の複雑なアルペジオに最適な設定です。
ハードロック:80's ヴァン・ヘイレン系
Speed: 1時
推奨楽曲:Van Halen「Eruption」、「Unchained」
エディ・ヴァン・ヘイレンが愛用した設定に近いスピード感。適度な速さのフェイザー効果が、パワフルなディストーションサウンドに立体感と動きを与えます。タッピングやハーモニクスとの相性も抜群で、テクニカルなフレーズを際立たせます。
ファンク:グルーヴ重視設定
Speed: 12時
推奨楽曲:Parliament-Funkadelic「Maggot Brain」、Red Hot Chili Peppers「Under the Bridge」
ミディアムスピードでのフェイザー効果は、ファンクの要であるグルーヴ感を大幅に向上させます。リズムカッティングに微妙な「うねり」を加えることで、踊らずにはいられないグルーヴを創出します。
アンビエント:スローモーション効果
Speed: 8時
推奨楽曲:Brian Eno「Music for Airports」、Sigur Rós楽曲群
最もスローな設定では、まるで時間が止まったかのような幻想的な音響効果を得られます。アンビエントやポストロックでの空間演出に最適で、音が宙に浮かんでいるような不思議な浮遊感を演出します。
ジャズ:上品なヴィブラート効果
Speed: 9時
推奨楽曲:Pat Metheny「Bright Size Life」、John Scofield楽曲群
ジャズギタリストにとってPhase 90は「上品なヴィブラート」として機能します。自然な音の揺らぎが、ジャズの繊細な表現力を大幅に向上させ、より感情豊かな演奏を可能にします。
伝説のギタリストたちによる証明
エディ・ヴァン・ヘイレン
「Phase 90は私の音楽人生を変えた」―エディのこの言葉通り、Phase 90は単なるエフェクターを超えた存在でした。「Eruption」でのPhase 90使用は、ギターソロの概念を根底から覆し、新しいギター表現の可能性を世界に示したのです。
エディの使用法で特筆すべきは、フェイザーを「装飾」ではなく「楽曲の核心」として位置づけた点。これにより、Phase 90は単なるエフェクトから「楽器の一部」へと昇華されました。
デイヴィッド・ギルモア
Pink Floydのギタリスト、デイヴィッド・ギルモアにとってPhase 90は「絵筆のひとつ」でした。「Shine On You Crazy Diamond」での使用例に見られるように、彼はPhase 90を使って音に「色彩」と「質感」を与え、楽曲に深い感情表現をもたらしました。
ギルモアの手にかかると、Phase 90のサウンドは「詩的な文脈」となるのです。
アレックス・ライフソン
Rushのギタリスト、アレックス・ライフソンは、Phase 90を「テクニカルな楽器表現のための道具」として活用。複雑なプログレッシブロック楽曲の中で、Phase 90は彼の高度な演奏技術をさらに際立たせる役割を果たしました。
Phase 90 主な使用アーティスト
Eddie Van Halen (エディ・ヴァン・ヘイレン)
- 彼のギターサウンドを象徴するエフェクターの一つであり、「Eruption」や「Ain't Talkin' 'Bout Love」などで聴くことができる、独特のフェイザーサウンドはPhase 90によるものです。
David Gilmour (デヴィッド・ギルモア)
- Pink Floydのギタリスト。彼の「Wish You Were Here」のイントロや、「Shine On You Crazy Diamond」のサウンドメイクにPhase 90が使用されています。彼の歌心あふれるギターソロに、Phase 90の滑らかな揺らぎが深みを与えています。
Prince (プリンス)
- 彼のファンキーでサイケデリックなギターサウンドにPhase 90が貢献していることで知られています。特に「When Doves Cry」のような曲でそのサウンドを聴くことができます。
Slash (スラッシュ)
- Guns N' Rosesのギタリスト。スラッシュのペダルボードにもPhase 90が組み込まれており、そのサウンドを愛用していることが確認されています。
John Frusciante (ジョン・フルシアンテ)
- Red Hot Chili Peppersのギタリスト。彼のサウンドシステムにPhase 90が組み込まれており、特に「Under the Bridge」のソロなどでその使用が確認されています。
ライバル機との徹底比較分析
vs BOSS PH-3:現代技術との対決
項目 | MXR Phase 90 | BOSS PH-3 |
---|---|---|
価格 | ¥15,000前後 | ¥17,000前後 |
音質 | ヴィンテージアナログ | デジタル多機能 |
操作性 | 1ノブ(シンプル) | 多ノブ(複雑) |
音楽的魅力 | 極めて高い | 標準的 |
汎用性 | 専門特化 | 多機能 |
PH-3は機能面では優れていますが、個性と歴史的価値ではPhase 90に軍配が上がります。
vs EHX Small Stone:ヴィンテージ対決
項目 | MXR Phase 90 | EHX Small Stone |
---|---|---|
キャラクター | よりスムーズ | よりアグレッシブ |
操作性 | 1ノブ | 1ノブ+Color Switch |
音色 | 洗練されたヴィンテージ | ローファイヴィンテージ |
価格 | ¥15,000前後 | ¥13,000前後 |
両者ともヴィンテージフェイザーの名機ですが、音楽的洗練度ではPhase 90が頭一つ抜けています。
vs TC Electronic Helix Phaser:現代ハイエンド機との比較
項目 | MXR Phase 90 | TC Electronic Helix Phaser |
---|---|---|
サウンドキャラ | クラシカル | モダン |
機能 | シンプル特化 | 多機能ハイテク |
価格 | ¥15,000前後 | ¥20,000前後 |
音楽的価値 | 歴史的価値含む | 現代的利便性 |
Helix Phaserは現代技術の粋を集めた優秀機ですが、音楽史における重要性と普遍的魅力ではPhase 90の勝利でしょうね。
まとめ:Phase 90=個性を映し出す鏡
MXR Phase 90は、そのシンプルさと普遍的なサウンドで、多くのギタリストの個性を引き出してきました。このペダルは、あなたの演奏に宿る魂を増幅し、「一音一音」に唯一無二のキャラクターを与えるためのツールなのです。
この小さなオレンジ色の箱は、流行に流されることなく、あなたの純粋な探求心に寄り添います。Phase 90をオンにしたとき、このペダルが放つ、温かみのある、そして「ちょうど良いエグみ」を持ったサウンドは、あなた自身の個性そのものを映し出す鏡となるでしょう。